食中毒や食に関わる事故等、食の安全・安心に関する世間の関心の高まりに伴い、安全・安心を確保するための施策も多様化しています。
そうした施策の一つとして、食品を取り扱う方の健康管理の手段として定期的な検便検査があります。
ここでは検便検査の必要性や、検査の流れ等、検便の概要が分かる解説を行います。
1.検便の必要性
(1)健康保菌者の有無の確認
あらためて、なぜ飲食店では食品衛生に取り組む必要があるのでしょうか?
健康保菌者とは食中毒菌に感染していても全く症状を示さない人を指します。
この存在は、昨今のコロナ禍における報道等で世間に広く浸透しました。
健康保菌者は食中毒菌に感染しているため、糞便と共に食中毒菌を排出しています。そのため健康保菌者が食材を取り扱うと食材や料理に食中毒を付着させ、食中毒発生に繋がる可能性が高くなります。また症状を有する保菌者に比べ、自身の健康状態に影響がないため、自覚せずに感染を広めることで、より被害が拡大してしまう傾向があります。
そこで、こうした健康保菌者が調理従事者に含まれていないか確認するために、定期的に検便検査を実施する必要があります。
(2)食中毒発生時の原因追跡
万が一食中毒事故が発生した際、保健所では原因を調査します。
それは食材に由来するものや、調理工程の不備、厨房などの調理環境、また調理器具の取り扱い状況など、モノに由来する原因であることもあれば、ヒト、つまり従業員が原因であることも考えられます。
食中毒事故の原因究明の過程で、検便を定期的に実施しておりその記録を提示できることは、事故発生時に従業員が感染していなかったことを客観的に示し、従業員や店舗を守る防衛手段となります。もし検便検査を行っておらず、記録を提示することができないと店舗の衛生管理体制のみならず企業・団体の責任が問われます。
こうした意味でも検便検査が果たす役割は大変重要です。
2.検便検査は義務なのか?
実は食品衛生法においては検便検査を明確に義務付けているわけではありません。
しかし、食品衛生法施行規則において、「食品等取扱者の健康診断は、食品衛生上の危害の発生の防止に必要な健康状態の把握を目的として行うこと」とあり、「都道府県知事等から食品等取扱者について検便を受けるべき旨の指示があったときには、食品等取扱者に検便を受けるよう指示すること」とされています。
営業を行う店舗が所在する場所の自治体が検便検査の指示を出しているかどうか確認を行い、指示にしたがって検査項目や頻度を設定しましょう。
また、指示がない自治体であっても、前述の通り食中毒の予防や有事の際の証拠のため、検便検査は有効な手段であり、多くの企業では自主的に検便検査を定期的に行っています。
食品衛生法とは別に、以下の対象者には具体的な検査項目や頻度が定められています。
(1)大量調理施設における調理従事者
社員食堂などの集団給食施設等における食中毒を予防するための「大量調理施設衛生管理マニュアル」によって、以下の通り定められています(一部要約)
- 調理従事者等に月1回以上の検便を受けること
- 検便検査には腸管出血大腸菌の検査を含めること
- 必要に応じ10月から3月にはノロウイルス検査を含める事が望ましい
(2)学校給食従事者
学校給食における衛生管理の徹底のために施行されている、「学校給食衛生管理基準」にて以下の通り定められています。
- 検便は、赤痢菌、サルモネラ属菌、腸管出血性大腸菌血清型O157、その他必要な細菌等について、毎月2回以上実施すること
(3)水道関連事業者
水道法施行規則に基づき、水道関連事業者は以下の通り検査の実施が定められています
- 定期の健康診断は、おおむね六箇月ごとに、病原体がし尿に排せつされる感染症の患者(病原体の保有者を含む。)の有無に関して、行うものとする。
3.検便の対象者、項目、頻度はどう設定すべき?
検便を実施することを決めたら、次に決めなければならないことが対象者・検査項目・頻度になります。
できるだけ広い範囲の対象者で多い項目、高い頻度で検査をすることができれば安全性は高くなりますが、当然検査費用は高くなっていきます。
適切なコストで必要な効果を得られるよう適切な対象者、項目、頻度を選択する必要があります。
(1)対象者について
基本的には調理を担当する方や、配膳を担当する方など、食品に直接触れる機会がある方を検査対象とします。前述の通り、検便検査は食材や料理に触れて食中毒菌やウイルスを食材や料理に付着させてしまうことを防ぐために行います。
そのため食材や料理に接する方を検査の対象とすることが一般的です。
(2)検査項目について
検便の検査項目は大きく分けて、サルモネラ等の腸内細菌検査、およびノロウイルス検査の2つがあります。ここではそれぞれについて解説します。
①腸内細菌検査
感染症法にて3類感染症に位置づけられている赤痢菌、腸管出血性大腸菌、腸チフス、パラチフスを主な対象としている検査です。腸チフスとパラチフスはサルモネラ属菌に含まれるため、その他のサルモネラ属菌を含め、「赤痢菌・腸管出血性大腸菌・サルモネラ属菌」として検査を行うことが一般的です。
腸管出血性大腸菌は100種類を超える血清型が知られており、代表的なものであるO157を対象に検査する場合や、発生数がO157に次いで多いO26とO111を加えて検査する場合、および全ての腸管出血性大腸菌を検査する場合があります。
どの血清型までを検査をするかどうかは、検査を依頼する際に依頼者がその必要性を鑑みて選択されています。
また、上記の基本的な項目に加え、感染症が流行している地域に渡航された従業員や、海外から来日して間もない従業員の方へは、帰国時・就業時における感染の有無を確認するために、腸炎ビブリオ、コレラ菌、カンピロバクターなどの検査項目を追加して検査を実施することをお勧めしています。
②ノロウイルス
ノロウイルスは経口感染により食中毒を引き起こすウイルスです。ノロウイルスは少量のウイルス量で発症する特徴があり、その特徴によって食中毒事故発生時の感染者数が非常に多くなります。厚生労働省が発表している食中毒統計資料によると、令和4年(2022年)のノロウイルスによる食中毒患者は2,175名で、次点となるウェルシュ菌(1,467名)を大きく上回っており、最も多い原因物質となっています。このことから、腸内細菌検査に加えてノロウイルスの検便検査を行う事業者も増えています。
ノロウイルスによる食中毒は1年を通じて発生しますが、10月頃から発生件数が増加し1月頃が発生のピークになっています。この傾向から「大量調理施設衛生管理マニュアル」では検便検査には必要に応じ10月から3月にノロウイルス検査を含める事が望ましいとされており、これらを根拠として実際にも、ノロウイルス検便検査は冬場の前後に検査が多く実施されています。
(3)検査頻度について
検便検査の目的のひとつは「健康保菌者の有無の確認」にあります。一方、毎日摂る食事によって食中毒菌やウイルスに感染する可能性はあるため、従業員の保菌状況は常に変わっていきます。検便検査の特性上、検体を採取したその時の保菌状況を確認するサンプリング検査のため、自社での必要性をもとに検査の実施頻度を決める必要が出てきます。
前述の通り、大量調理施設衛生管理マニュアルでは月1回以上(10月から3月にはノロウイルス検査を追加で実施)、学校給食衛生管理基準では毎月2回以上、水道法施行規則では6か月毎の実施と記載されています。これらのほか自治体で独自に推奨している場合もあるため、所轄の保健所等に相談の上、検査の実施頻度を決定することをお勧めします。
4.検便検査の主な流れ
検便検査の流れとしては、まず依頼先を探し、検体を採取・送付し、検査が実施され結果を確認するという流れになっています。
(1)依頼先を探す
検便検査を実施する検査業者を選定する上で重要な要素となるのは、検査項目の豊富さ、価格、検査結果の報告の速さはもちろんの事、申し込みから採便容器が届くまでの速さ、検査する人数に制限はあるか等が挙げられます。
弊社の検便検査では、ご依頼の際に人数、納期、検査の種類やその項目についてヒアリングを行います。もちろん検査人数に制限はありませんので、対象者が1名であっても検査可能です。
(2)検体を採取し送付する
検便検査実施の申込を行うと検査業者から採便容器が送られてきます。弊社の場合ご依頼から1週間程度でお届けしています。
採便容器が届きましたら採便を行います。採便量は米粒大であれば問題なく検査できます。他にも採便の際にお困りでしたら弊社HPのよくある質問(https://www.bfss.co.jp/faq/)をご覧ください。
(3)検査が実施され検査結果を受け取る
検体が検査会社に到着すると検査が実施され、検査結果がお客様へ報告されます。
弊社の場合は、到着1日目に複数の検体をまとめ混合懸濁液を作り遺伝子検査を実施します。
ここで陰性が確認できれば陰性の結果を当日ご報告します。陽性の疑いがあるなど、陰性の確認ができない場合は2日目からそれぞれの検体の培養検査を行い、到着から3~4日目に陰性または陽性の報告をしています。
検査結果は弊社WEB報告サービスによってご報告しており、報告書が郵送されるのを待たずとも、いつでもどこでもご確認頂くことが可能となっています。
なお、WEB報告サービス内には検査結果データが残るため、検査状況をお問い合わせ頂く手間もなく過去の結果が確認できます。
データの一元管理ができ、提出率の確認もできるなど多くのお客様より好評を頂いています。
5.陽性者の対応について
検便検査の結果、陽性となった場合の対応は、陽性となった項目が3類感染症なのか、それ以外かによって分かれます。
それぞれ、どのように対応するべきか参考になる情報を以下に示します。
また、陽性時にどのように対応を行ったかについては記録に残し、有事の際の対応にも対応できるようにしておいてください。
(1)コレラ菌・腸管出血性大腸菌・腸チフス・パラチフス・赤痢の場合
これらの菌は感染症法上、3類感染症に指定されているため、法令にしたがって対応することが求められます。検査の結果、これらの項目が陽性となった場合には二次感染を防ぐため、調理など(飲食物の製造、販売、調製又は取扱いの際に飲食物に直接接触する業務)に従事することが規制されます(就業制限)。
そのため陽性報告連絡を受け取ったら、担当者は速やかに本人が調理に従事することが無いように伝え、医療機関を受診するよう指示を出してください。医療機関の受診の際に陽性を示す報告書を持参すると対応に役立つため、コピーを本人に渡しておくことをお勧めします。
医療機関での検査で陽性が確認できた場合、感染症法第十二条に基づいて、医療機関から受診者の氏名・年齢・性別その他の情報が保健所に報告されます。所轄の保健所とも連携して、対応指示を受けてください。
医療機関や保健所の指示にしたがって治療や待機を行った後、再度検便検査を受けることになります。再検査は陽性となった項目や状況によって異なりますが1~3回の陰性確認が必要となるため、保健所や医療機関に確認をしながら実施してください。再検査で陰性確認の条件を満たすことができたら本人の就業制限が解除されます。
(2)サルモネラ属菌、腸炎ビブリオ、カンピロバクター、ノロウイルスの場合
サルモネラ属菌や腸炎ビブリオ、カンピロバクター、ノロウイルスは5類感染症に該当する感染性胃腸炎であり、上記の3類感染症のような就業制限は設けられませんが、二次感染を防止するため、担当者は速やかに本人が調理作業に従事することは避け、医療機関を受診するよう指示を出してください。医療機関の受診の際に陽性を示す報告書を持参すると対応に役立つため、コピーを本人に渡しておくことをお勧めします。
医療機関の指示にしたがって治療を行った後、再び調理に従事する場合には再度検便検査を受け、陰性となっていることを確認した上で復帰させることが一般的です。陰性確認を1回で復帰を許可するのか、複数回の検査での陰性確認を条件とするのかは、各職場で必要性を鑑みて事前に設定しておくことをお勧めします。
6.まとめ~総合的な衛生管理を意識する必要がある
今回は検便検査について、必要性や、検査の流れ等、概要が分かる解説を行いました。検便検査の目的は食中毒事故の発生防止です。万が一食中毒事故が発生してしまった場合、店舗の営業停止や賠償責任の発生、メディア発表に伴う風評被害、謝罪や説明責任へのコスト発生、ブランドイメージの失墜といった会社の経営への大きな悪影響を及ぼしかねません。
食中毒事故の発生防止のためには今回ご紹介した検便検査の他に、個人衛生や施設設備の条件、整理・整頓・清掃といった一般衛生管理や、食品安全マネジメントシステム、HACCPによる工程管理が相互に作用し合い効果を発揮することが重要です。
BMLフード・サイエンスでは、検便検査のほか、食品検査、厨房衛生点検や食品表示の作成など、食品衛生管理の全般についてお手伝いをしています。食品衛生管理に関するお悩みはお気軽に弊社までご連絡ください。