BMLフード・サイエンスは、「食に関わるすべての企業の衛生パートナー」を合言葉に、食品衛生関連の総合的なサービスを提供しています。検査、コンサルティング、認証取得支援、品質管理の仕組みづくりまで、食品衛生に関するあらゆる悩みや質問を多くのお客様よりご相談いただいています。本記事は月間HACCP2024年4月号へ寄稿しております。
月間HACCP発行元:株式会社鶏卵肉情報センター
今回は当社の教育研修所より、現代において撲滅が困難な食中毒・感染症―ノロウイルスの特徴と食中毒対策―をお伝えします。
1.はじめに
ノロウイルス(Norovirus)はウイルスの中でも最も小さいウイルスであり、ノロウイルスと命名される以前には、厚生労働省の食中毒原因物質として小型球形ウイルス(SRSV)と呼ばれていました。
本ウイルスのヒトへの感染は、食品を摂取して発生する食中毒と、ヒトからヒトに感染する感染症の二通りがあります。
厚生労働省の食中毒統計1)によると、過去5年間のノロウイルス平均事件数はアニサキス、カンピロバクター食中毒に次いで第3位(図1)ですが、平均患者数は5,186 名で全患者数の40.3%を占めており(図2)、1事件あたりの患者数が多いことが特徴です。
他方、感染性胃腸炎の患者数は、感染症発生動向調査データでは約195万人/年と推定2)されており、これらの多くはノロウイルスによると考えられています。
図1.2018〜2022年における食中毒病因物質別平均事件数
(厚生労働省:食中毒統計より作成)
図2.2018〜2022年における食中毒病因物質別平均患者数
(厚生労働省:食中毒統計より作成)
本稿では、飲食店や食品工場等のコンサルティングや監査および検査業務を行っている立場から、根絶が難しいノロウイルス食中毒・感染症の特徴、さらにその防止について考察したいと思います。
2.ノロウイルス食中毒と感染症
ノロウイルスによるヒトの感染性胃腸炎としては、ウイルス汚染の飲食物を摂取することによって発生する「食中毒」と、患者の便や吐物(トイレのドアノブ、蛇口等の環境汚染しているウイルス)によりヒト-ヒト感染する「感染症」があります。これら食中毒と感染症の患者を的確に区分することは非常に困難です。
3.ノロウイルスの特徴と根絶が難しい食中毒・感染症
ノロウイルス食中毒・感染症の発生要因およびウイルスの物理化学的性状・特徴から、これらを根絶することは極めて難しいと言われています。以下、ノロウイルス食中毒・感染症の発生特徴、およびウイルスの物理化学的特徴について示します。
3-1.ウイルスの特徴
ノロウイルスは、ウイルスの中でも最も微小(直径30〜40nm)な球形で、手指に付着した場合、手のしわや爪、皮膚の間に侵入しやすく、手洗いで落とし難いことも知られています。また、本ウイルスは残存性が高く、トイレのドアノブ、壁等に付着し、乾燥しても⻑期間生存して感染を起こすこと、また吐物の飛散により、塵や埃と共に空気中に浮遊して感染を起こすことも知られています。
3-2.ヒトへの発症ウイルス量
ノロウイルスのヒトへの発症量は、極めて少量で10〜100コピー(粒子)と言われています。ウイルスは生きた細胞内でしか増殖することができず、汚染された食品を摂取することによって発症します。
3-3.食中毒・感染症における不顕性感染者
ノロウイルス食中毒・感染症において、症状を全く呈さないが、便中に多量のウイルスを排出する不顕性感染者が多く見られ、不顕性感染の食品従事者・調理者からの食品汚染による食中毒事例も多く報告されています。
食品従事者のノロウイルス保有検査(12~3月)(表1)によると、健康な食品従事者のグループでは35名中1名(2.8%)が陽性を示しました。他方、本人または同居者に発熱・下痢(軟便)等の症状を呈す者のグループでは353名中73名(20.7%)が陽性を示し、食品従事者の中には一定の割合で不顕性感染者が見られることが示されています3)。
これらの成績からノロウイルス食中毒・感染症の発生が多い冬季には、健康者の中にも不顕性感染者が多いと推測されます。
表1. 食品従事者のノロウイルス検査数と陽性数
3-4.感染者のノロウイルス排出期間
ノロウイルス患者は症状が消失しても長期間ウイルスを排出し、成人では3〜4週間程2)、保育園児では 4 週間以上⻑期間排出する傾向があります2)。また、不顕性感染者でも発症者と同様に長期間ウイルスを排出しており、注意が必要です。
3-5.ノロウイルスの物理化学的性状
これまでノロウイルスを直接検出することができなかった(近年、直接検出する方法も開発)ため、本ウイルスと近縁なネコカリシウイルスを用いて種々の化学・物理的条件による生残性・死滅試験が行われています。消毒・殺菌剤やpHの化学的条件における生残性、また加熱による死滅、乾燥状態での物理的条件における生残性を表2に示します。
消毒剤 (70%エタノール) に対し死滅し難く、8 分間の作用でウイルス量は1/100 の減少を示し、30分間でも1/1,000しか減少しません4)。また、pH3では3時間以上経過しても失活せず2)、胃酸を通過して小腸に達し増殖します。
加熱による死滅では、細菌よりも耐熱性が高く、85〜90℃, 90秒間以上の処理が必要と定められています(⼤量調理施設衛生管理マニュアル8)):A型肝炎ウイルスの不活化条件を参考として、コーデックス委員会が定めているノロウイルスの不活化条件をもとに設定)。また、乾燥条件でも長期間生存します。低温下で長期間安定的に生存することも特徴です2)。感染者が絨毯・畳の上に嘔吐を起こし、清掃された後でも長期間ウイルスは生存しており、2~3日後でも塵埃として拡散し、集団感染に繋がった事例もあります。
表2.ノロウイルスの物理化学的性状(生残性)
4.ノロウイルス食中毒事例
ノロウイルス食中毒は冬季に多く発生し、発生施設の多くは飲食店(仕出し含む)であり、寿司や刺し身、弁当、サラダなどの手作業の多い調理品が主な原因食品となっています。過去の食中毒事例のうち、水分活性(Aw)が低く微生物が増殖できない食品による大規模食中毒(患者数1,000人以上)の発生要因について、考察された事例を以下に示します。
(1)食パンを原因とする食中毒
2014年1月、静岡県浜松市内の小学校において、食パンを原因食品とするノロウイルスGⅡによる食中毒が発生しました(患者数1,271人/喫食者8,027人)。発生原因調査5)では、製造室前の手洗いの水流が少ないことに加え、トイレの手洗いも冷水しか出なかったことも確認され、手洗いが不十分だった可能性があります。また、トイレ入室時の作業着の交換も行なわれていなかったことや、手袋の着用や交換に関する明確な規定がなかったことから、外部(作業者等)からウイルスが持ち込まれていた可能性が指摘されています。
(2)刻み海苔を原因とする食中毒
2017年1~2月、東京都内の小学校等において、刻み海苔を原因食品とするノロウイルスGⅡによる食中毒が発生しました(患者数2,094人/喫食者6,541人)。発生要因調査6)によると、刻み海苔を製造した大阪市内の加工場では、作業中の従事者自身に吐き気の症状があるにも関わらず、手袋は使用されず、素手で作業していました。海苔裁断機からもノロウイルスが検出され、作業者により汚染された海苔が裁断機を汚染し、拡散したと推測されています。また、食中毒の原因となった刻み海苔の製造は2016年12月下旬であり、水分活性が低い海苔にノロウイルスが約 2 か月間生残していたと推定されています。
5.ノロウイルス食中毒の対策
細菌性食中毒の予防3原則(菌をつけない、増やさない、やっつける)に対して、ノロウイルス食中毒予防としては、食品中ではウイルスは増殖しないことから、1.持ち込まない、2.拡げない、3.つけない、4.やっつける(85~90℃,90秒間以上)の4原則(表3)が重要です。
表3.ノロウイルス食中毒予防の4原則(食品製造&調理施設)
食中毒事件詳報に基づき厚生労働省が集計したノロウイルス食中毒発生要因(2016年)2)によると、食品従事者による二次汚染が最も多く、その内、不顕性感染者による事例が55%を占めており、発症者によるものも25%見られました。その他、二枚貝(カキ)の喫食による事例も11%報告されています。
また、調理場、従事者による要因7)としては、調理時に手袋の装着無し、手洗い施設にペーパータオルなし、調理着のままトイレを使用、専用の履物がない等による事例も多く見られました(表4)。
表4.ノロウイルス食中毒発生要因ー調理従業者による事例ー
ノロウイルス食中毒・感染症の対策は非常に難しく、食品製造所、調理・加工場では HACCPに沿った衛生管理、特に、HACCPの前提条件である一般衛生管理が重要です。食品製造所、調理・加工場にノロウイルスを持ち込まないための注意事項は以下の通りです。
5-1.原材料の受入
生食で喫食する食品(RTE食品、生食用カキ)については、製造・流通過程または生産段階でのノロウイルス汚染対策が重要です。これらの仕入先の選定に当たっては、表4に示したような要因が見られないことを確認することが大切です。生食用カキについては、定期的な検査や産地監査等によりノロウイルスに汚染されていないことを確認してから受入を行います。
5-2.食品従事者の健康管理
ノロウイルスはヒトによって持ち込まれることが多く、従事者・調理者の健康チェック(腹痛・嘔吐、下痢の有無等)は非常に重要です。本人はもとより同居家族の健康チェックを行うことに加え、自己申告がし易いような職場環境の整備も重要です。過去の食中毒事故の中には、食品取扱者が下痢等の体調不良があるにもかかわらず出勤し、事故を起こした事例も多く見られます。健康チェックで少しでも問題がある場合は、ノロウイルス検査(検便)による陰性確認等を行い、食品に接触しない業務への転換等を行います。
5-3.トイレの衛生対策
食品従業者・調理者の専用トイレは常に清潔を維持し、汚物などの汚染が見られる場合は直ちに清掃・消毒等を行うことが大切です。また、トイレを使用する場合、作業着・履物を交換し、トイレ(便器やドアノブ、手すり、水洗バー等)の汚れに気が付いた時は直ちに清掃します。
5-4.ノロウイルス検査(検便)
食品従事者の定期的なノロウイルス検査(検便)により、不顕性感染者を発見することができます。大量調理施設衛生管理マニュアル8)では、ノロウイルスの流行時期である 10月から3 月までの間には月 1 回以上又は必要に応じてノロウイルスの検便検査に努めること、陽性判定の場合は、陰性が確認できるまで食品に直接触れる調理作業を控えることを推奨しています。食品事業者によっては、複数回陰性を確認してから復帰することと規定している場合もあります。また、従業者または同居家族に感染性胃腸炎が疑われる症状がある場合、検便検査によりノロウイルスを保有していないことを確認することも必要です。
5-5.手洗い
食品従事者自身が不顕性感染者である可能性を認識し、正しい手順に沿って手洗いを実施します。手洗いは30秒間のモミ洗いと15秒間の流水でのすすぎを複数回繰り返すことが効果的であり、2度手洗いにより残存ウイルス数を約100万個から数個まで減らすことができたとの報告2)もあります。また、過去の事例5)でも見られたように、手洗い設備は常に清潔で、水温や水流を十分に保つことも重要です。
6.おわりに
ノロウイルス食中毒・感染症は、感染形態の特性、ウイルスの物理化学的性状等から極めて撲滅が難しいと言われています。食中毒対策としては、食品製造、調理・加工場におけるHACCPに沿った衛生管理および一般衛生管理を十分に行うこと、さらにこれらの食品工場・施設の従事者および同居家族者の健康管理が重要です。弊社ではノロウイルスの検便やふき取り検査、さらに食品工場や厨房の衛生管理、指導等も行っており、また食中毒発生情報等の発信(メールマガジン)も行っています。これらを活用し、安全で衛生的な食品の製造・販売にお役立ていただければと存じます。
最後に、本稿作成に当たりご指導頂いた岩手大学 品川邦汎先生(㈱BMLフードサイエンス顧問)に感謝いたします。
参考文献
1)厚生労働省:食中毒統計資料,
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/shokuhin/syokuchu/04.html
2)食品安全委員会:食品健康影響評価のためのリスクプロファイル~ ノロウイルス ~ ,2018年11月
3)上間優子ら:食品従事者の便からのノロウイルス検出事例,⽇本食品微生物学会雑誌, 26(4),2009
4)野田衛、上間匡:ノロウイルスの不活化に関する研究の現状, 国立医薬品食品衛生研究所報告,第129号,2011
5)浜松市内におけるノロウイルス集団食中毒事例, 国立感染症研究所,2014-07-18
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2297-related-articles/related-articles-413/4798-dj4131.html
6)野田衛:刻み海苔を介したノロウイルス食中毒事件が教えてくれたこと, 国立医薬品食品衛生研究所報告,第135号,2017
7)厚生労働省:薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食中毒部会 配布資料,2016-03-16
8)厚生労働省:大量調理施設衛生管理マニュアル(平成9年3月24日付け衛食第85号 別添) (最終改正:平成29年6月16日付け生食発 0616 第1号)
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